四国遍路の道

1974年からの四国霊場遍路の記録(現在は1989年アップ中)

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痛い遍路(二日目)GB500TT 1989/8

《註》 この日の記録の中に、「高知駅前ユース」と出てきますが、現在高知市内にある「高知ユース」とは、まったく別です。「高知駅前ユース」は、このブログを書いている2005年現在は、なくなっています。誤解のないようにしてください。

8月10日

21番スタートは初めてのこと。
道が今ひとつ分かりにくいと思ったので、19番立江寺まで行った。
パン2個と牛乳で朝食。
それでも道が分からなくなり、ガソリンスタンドで道を聞く。
ついでに、13L給油。
太龍寺はバイクならば境内まで登って行けるのは、今までで分かっていた。
途中の「坂口屋」という民宿の前で、昨日先導した大阪からのご夫婦と再会。
缶紅茶を御馳走になる。

22番平等寺から23番薬王寺へは、昨年は通れなかった道が通れた。

23番から24番最御崎寺まで、なんと1時間10分で走破。
かなりのハイペースで飛ばした。
ここでは、徳島ユースで一緒だった2人と出会う。

今日も天気が良い。
本当に暑い。

27番神峯寺で、寺の水をいただく。
冷たくて美味しい。
さらに、駐車場でコーヒー牛乳2本とジュースを1本。
飲み過ぎである。

この時点では、今夜の宿が決まっていなかった。
何度か、高知駅前ユースに電話して、キャンセルを期待していた。
この日は「はりまや祭」がある。
甘い期待ではあった。

28番大日寺で電話を入れてみると、泊まれるということ。
キャンセルでも出たのだろう。
ただ、条件を付けられた。
「必ず、夕食を食べて食事代も払うこと」
相変わらず、対応の悪いユースであるが、行程上使わざるを得ない。
他の宿に比べたら、ユースだけに安いということもある。
いろんな人と話ができるチャンスも大きい。

30番は、今年も善楽寺にお参りする。

31番竹林寺到着が、午後5時。
納経終了まで残り1時間。
まだ2つは行ける。

32番禅師峰寺を午後5時30分に出て、浦戸大橋を目指す。
遍路地図は分かりにくい。
方向や道の角度が、かなりアバウトである。
頼りすぎると、逆に迷う。
この時も迷った。
ツーリングマップルを取り出し、道を確認しながら浦戸大橋を探す。

種田という集落に差し掛かった。
信号待ちをして、青になったから交差点に進入。
・・・・・・・・・・・・・・
しばし、記憶が途切れる。
ボーとした頭で回りを見ると、横にGBがあり、自分は歩道に立っている。
横に立っていた人に尋ねた。
「どうしたんですか」
「君が事故に遭ったんやで」
「エ?」
「自分で警察に電話してたで」
「エ?」
どうやら、本当みたいだった。

辺りを見回すと、交差点に進入した所から2車線の道路を対角線に飛ばされたようだった。
バイクは、タンクが大きく凹み、ライトも在らぬ方向を向いている。

すぐに警察が来た。
話を聞いてみると、信号無視をして突っ込んできたミニバイクがぶつかったとのこと。
ミニバイクを運転していたと思われる少年が、横でうずくまっていた。
その友人らしき少年が、「このオッサンか?」とか言っていた。
「ぶつかってきたんは、そっちやろが!」
思わず大声で怒鳴ってしまった。
相手は、ビビってしまったようだった。
坊主頭に黒っぽいタンクトップにGパン。
顔や服から出ている腕は、日焼けして真っ黒。
どんな職業の人間に見えたのだろう。

ケガをしている様子がないということで、病院へ行く前に警察で事情聴取ということになった。
どうやら、無免許の少年だったらしい。
私が被害者だったし、青信号での進入だったので、事情聴取は簡単に終わった。

到着が遅れそうだったので、ユースにその旨を電話する。
「事故に遭って、警察にいます」
「病院へも行くので、到着が少し遅れそうなのですが」
返ってきた返答。
「なら、もう来なくていいです」
ガチャン
「エ・・・・?」
先にも書いたが、この日は「はりまや祭」
今から宿を探して見つかる訳もなく。
「必ず、夕食を食べる」
そう言われていたので、昼食抜きで夕食の予定もなし。
ユースでこんな対応があって良いのだろうか。
高知駅前ユースのオヤジ(普段は「ペアレントさん」と呼んでいる)の顔が目に浮かぶ。
しかし、どうしようもない。

警察の事情聴取終、近森病院へ検査を受けに行く。
軽い脳震盪は起こしていたが、身体にはまったく異常なし。
一応、頭部レントゲンも撮ってもらったが異常なし。
本当ならバイクに乗るにはヤバイ格好だった。
地肌丸出しだったのだ。
肩に砂が少しだけ付いていた。
身体は無傷だった。
「やはり、守って頂いているのだろうか」
そう思えた。

その直後、また腹が立つことが起こった。
少年の父親が出てきた。
最初は、大人しく対応してくれていた。
やはり、少しビビっているようだった。
ところが、私の職業(当時は小学校の教師)が分かったとたんに豹変した。
「うちは、神戸にヤクザの親戚がおる」
そんな事を言いだした。
謝ってくれれば、バイクが壊れたにしろ許すつもりでいた。
これでは、許すに許せない。
「じゃぁ、後日連絡しますから」
電話番号を聞いて別れることにした。
別れ際に、「うちの子の検査費用も含めて、出して帰るように」とか言い出した。
「それは、アカンでしょうが!」
「あなたが出して当然ですよ!」
言葉は丁寧だったが、怒気を含んだ声だったと思う。
そのまま、警察にバイクを引き取りに行った。

【後日談】
神戸に帰ってきてから、警察に勤める友人に相談した。
高知の警察と連絡を取ってみたらとのアドバイス。
「神戸に親戚はいるが、ヤクザ関係ではない」
「あのオヤジも、無職でフラフラしているだけ」
それ以外の情報もくれた。
早速、電話。
少し脅しもかけたが、バイクの修理費用を半額だけ出すということで許した。
相手が無職と分かっているだけに、優しすぎたか。
金の振り込みを確認して、領収書を送っておいた。

警察にもどり、バイクを見る。
これでは、もう走れない。
そう思って、「送り返したいのだが」と警察に言った。
「これ、ライトが真っ直ぐを照らしてますよ」
「かなり傷んではいるけど、走行には影響ないよ」
「エ?」
駐車場で走らせてみると、真っ直ぐ走るしライトもしっかりしている。
ということで、お遍路続行。

宿捜しをしなければならない。
警察で、「サウナなら一晩中開いてるのでは」と教えてもらう。
高知駅近くのサウナ「ビッグ1」が開いていた。
様々な思いを持ちながら、事故当日の不安な夜をサウナの仮眠室で過ごした。

サウナ到着、午後11時
就寝、午前0時
本日の走行 294km
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  1. 2005/06/21(火) 23:02:51|
  2. 遍路
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痛い遍路(初日)GB500TT 1989/8

ツーリングメモとして残っていた大学ノート。
本当に、チョコチョコっと書いているだけなのです。
記憶が交錯している部分もあって、バイク購入記録とも照合しています。
「重ね印」など、知りもしませんでした。
毎回購入していた納経帳。
そこに押されている高野山での日付印。
その3つが、この記録のベースなのです。
微妙な記憶のズレが、そのことで整理されて思い出されてきます。

さて、1989年になりました。
今年の夏休みは、どこへ行こうか。
結局、四国遍路に落ち着く。

1989年8月9日
0515起床
0520には自宅を出発
0530フェリー乗船
0540フェリー出航

5番地蔵寺では、奥の院で五百羅漢と1年振りの対面。
今年も、昨年のお守りをお返しして、新しいお守りを頂いた。
ジュース100円。

9番法輪寺は、田圃の中を抜けていく。
「四国の道」という石標があるのだが、分かりにくかった。
5回目の遍路でも、迷うときは迷う。

10番切幡寺前で蒸し芋100円とウーロン茶100円。
昨年と同じである。

12番焼山寺参道登り口の角のスーパーで休憩。
牛乳とアップルジュースを飲む。

13番大日寺では、奈良から来たという学生に写真を撮ってもらう。
送ってくれるということだったが、結局届かず。

身体が水分を欲している。
ジュース類を飲み過ぎているきらいがある。
牛乳かお茶だけと心がけねばと反省する。

17番井戸寺で納経を済ませて出発しようとしたときに、声をかけられた。
やはり遍路しているおばさんが、「肩こり、水虫、何でも効く」といって、花のつぼみを下さった。
何の花かは教えてくれなかった。
35度のホワイトリカーに10日間漬けると、11日目から使えるということであった。
この時点で、午後3時。
かなりのハイペースである。

新居浜から来られているおばちゃん2人と、大阪から来られているご夫婦を先導することになった。
徳島市内は、バイクでも渋滞するとつらい。
車2台を先導しているので、車のペースで走らなければならない。
それでも、1時間で18番恩山寺に到着した。
午後4時である。

何やら、足にマメができている。
今年は、マメができるのが早すぎる。
それにしても、痛い。

19番立江寺が、午後4時20分。
かなり余裕があるので、次を目指す。

20番焼山寺に到着したのが、午後5時10分。
やはり遠いが、それでも今までで一番先まで進めた。
納経終了時刻の午後6時には余裕があるが、次に進むのは無理である。
徳島ユースに電話を入れ、宿泊可能なことを確認する。

国道55号線の旧道沿いの店で夕食。
ラーメンライスと卵焼き、豆腐を食べる。
牛乳も飲んだ。

午後6時50分、徳島ユース着。
本日の走行 262.5km
  1. 2005/06/21(火) 17:49:07|
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なんでかな?(六日目)GB500TT 1988/8

8月15日
80番国分寺からのスタート。
ここで、横峰寺で一緒だった米原さんと再会する。
宿で一緒だった広島の人とも一緒になる。
この後、82番の根来寺までは一緒になることが多かった。
米原さんとは、84番屋島寺で会ったのが最後となる。

81番では、大阪の岸和田から来ているという親子5人連れと一緒になった。

84番屋島寺では、「栗山堂」というところがあり、寄ってみた。
大したことはなかったのか、寄ったことしかメモしてなかった。

88番大窪寺到着が午後1時30分。
珍しく、ノンビリ走って時間に余裕のある一日だった。
門前の飛猿閣で、久々にまともな昼食。
バイトの女の子が可愛かった。
店の人とも、ゆっくりと話をする。

88番までの本日の走行 120km

1番霊山寺へお礼参りする。
「最初にお参りした寺へお礼参りしましょ
納経帳に、そんなページがあったからである。

1番霊山寺到着が、午後3時。
広島からの人と再会する。
34歳で土建屋さんだとのこと。
八十八ヶ所を遍路する事の意味。
人生の不思議。
他人のお陰で生かされている。
色々な話ができた。

午後4時に霊山寺を出発。
鳴門海峡大橋を通り、淡路を走り抜けた。
淡路の大磯港から18時発の須磨行きのフェリーに乗る。
お盆が絡んでいることもあり、満車であった。
カーデッキでバイクを自分で見ていることを条件に乗船させてもらう。
カーデッキでバイクの横で自分のバイク管理をしている人数が結構いた。
ときどき、交代で上のデッキに外の風に当たりに行った。

午後7時に自宅着。
高野山は、またの機会に。

全走行距離 1657.9km
4回目のバイク遍路が終わった。
  1. 2005/06/20(月) 21:04:02|
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なんでかな?(五日目)GB500TT 1988/8

8月14日
0600起床
0630宿発

バイクで60番横峰寺へ向かう。
駐車場から少し先まで入れそうだったが、番人がいて諦める。
片道1kmほどである。
短い距離だが、昨日までの雨で足がふやけてマメができていた。
途中でマメが潰れて血が滲む。
四国遍路は、乗り物利用でも歩かないといけないところが多い。
ブーツでは、無理があったようだ。

宿にもどって、8時10分頃から朝食。
8寺45分に改めて出発。

64番前神寺から65番三角寺は、前回までは遠い感じがしていた。
今回は、松山自動車道開通に伴って利用する。
土居ICから伊予三島ICまで乗った。
国道利用だと、あれほど遠かった三角寺に、アッという間に着いたように思えた。

曼陀トンネルを抜けてすぐ、右折して未舗装路に入る。
66番雲辺寺にも変化があった。
前回までは、寺のすぐそばまで乗り入れ可能だった。
500mほど手前で乗り入れ禁止。
歩くことになっていた。

68番観音寺到着と同時に、大雨となる。
カッパを着ると、すぐに止んでしまった。
またカッパを脱ぐ。
すると、また大雨。
カッパを着るのをやめて、濡れながら走ることにする。
ムチャは分かっているが、邪魔くさい気持ちが勝った。
しかし、すぐに止んでくれた。

毎日、一日の後半になるとすごく焦っているのが分かる。
今日は、一日中焦っていたような感じがする。
焦っているのに、疲れてくるのでタバコ休憩が増える。
そして時間をロスしていく。
悪循環だと分かっていても、同じ事を繰り返してしまう自分がいた。

69番神恵院から70番本山寺は、そう距離があるわけではない。
しかし、道に迷う。
前も同じ事をしたように記憶している。
道を聞いて走ったが、聞いた道が行き止まり。
やっとの思い出辿り着いた。

71番弥谷寺はバイクを置いた場所から階段が延々と続く。
お参りして戻ってきたときには、汗びっしょりである。
駐車場上の店で柏餅2個とジュース。
これが今日の昼食となる。

73番出釈迦寺到着が午後3時30分。
門の前で、ボテリと立ち転けしてしまう。
バイクと一緒に放り投げられた。

74番甲山寺への道も間違えてしまった。
到着が午後4時5分。
75番善通寺に到着したのが午後4寺20分。
事前の予定よりも20分の遅れである。
77番道隆寺着が午後5寺丁度だった。

79番には午後6時間に着いた。
ここの高照院は別名「天皇寺」
天皇神社と同じ敷地内に建っている。

少し欲を出して80番国分寺に向かう。
「上手くいけば、納経をしてもらえるかも」
甘かった。
納経所へ通じる門は、固く閉ざされていた。

高松友愛ユースに電話をして、泊まれることを確認する。
ユース到着が午後7寺30分

本日の走行 231.4km
雨が降ったり止んだり、転けたりと、疲れた一日だった。
  1. 2005/06/20(月) 21:03:42|
  2. 遍路
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なんでかな?(四日目)GB500TT 1988/8

8月13日
0700起床
今日の最初の寺を7時にと思っていたが、よく寝てしまった。
寝るのが遅いと、朝も遅くなってしまう。

0800にユース発。
昨夜、「昨日は朝も昼も食べていない」という話をした。
出発時に、「何も食べないと身体に悪い」と叱られた。
そして、おにぎりを「お接待」と言って持たせてくれた。
いっぺんに、このユースのファンになってしまった。
ユースというよりは、ペアレントのお婆ちゃんのファンである。

雨が降っていなくて助かった。

45番岩屋寺参道入り口の店の人と話をするのが恒例になってきた。
今年は、お婆さんがいなくてお爺さんだった。
「眠気覚ましに食べたら」と、ニッキ飴を持たせてくれた。
自分では、ニッキ水100円を買った。

47番八坂寺で、ヘルメットのシールドネジが破損した。
自転車屋を探して、ネジを1個もらう。
普通の鉄製のネジだが、上手く止めることができた。

49番を探すのに手間取る。
地図を見るのに、一々バイクを止めなくてはならない。
聞いた方が早いので聞いて教えてもらう。

51番は、相変わらず「観光寺」というイメージが大きい。

52番太山寺で、また雨が降り始める。
「またか」と思ったが、53番円明寺を過ぎた辺りで止んだ。

53番延命寺までは、松山市から今治市までの距離である。
海沿いの国道もあり、快適な眺めであるにも関わらず、長く感じた。

57番栄福寺の納経は、何とも言えず感じが悪かった。
まるで邪魔者のような態度をとられた。
納経帳を差し出すときに、「お願いします」
受け取るときには、「ありがとうございました」
必ず言うようにしている。
ここでも言うには言ったが、「言うのが損」と思わざるを得なかった。
「納経所が、それで良いのか?」
今までの色々な納経所経験からも、疑問が残った。

また雨が降り始める。

58番仙遊寺から59番国分寺までは、思っていたよりも時間がかかる。
渋滞があり、バイクでも走りにくかった。

次に向かうために国道196号線を走る。
国道11号線までが長い。

60番まで行くのは間に合わないと判断。
61番香園寺から63番吉祥寺を先に打つ。
午後6時ジャストに打ち終えた。
ひたすら走ったような気がした。

60番へ行くため、参道入り口の京屋旅館支店に電話。
午後6時30分着。
突然の電話にも関わらず、夕食の準備をしてくださる。
若いご夫婦であったが、爽やかな感じを受ける。

品川ナンバーのバイクで来ている人と話をする。
自動車販売をされているとんこと。
42歳独身だとか。

本日の走行231.2km
何時に寝たのだろう?
  1. 2005/06/20(月) 21:03:25|
  2. 遍路
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なんでかな?(三日目)GB500TT 1988/8

8月12日
0600起床
0630ユース発

33番雪渓寺を午前7時スタートする。
境内の湧き水を頂く。
美味し。

35番清滝寺を打ち終え、走り始めたとたんに雨。
一気に豪雨になる。
靴の中がびしょ濡れで、足がブヨブヨしてくるのが分かる。

37番岩本寺は本堂を建て替えていた。
到着時も降り続いている雨。
4回目の遍路になるが、この辺りは4回とも雨である。

39番延光寺に午後4寺着。
時間がなくなってきた。

相変わらずの豪雨の中を40番目指して走る。
これまで下川口から入っていた県道は、山間部になるのなるので止める。
安全策をとって国道北上。
しかし、豪雨のために国道が川のようになっている。
水しぶきを前身で浴びながら、周囲の状況に気を配りながらの走行。
ヘルメットのシールドが曇り、視界不良になる度にバイクを止めて曇りを取る。
神経がすり減っていく感覚を覚えた。
時間もなくなってくる。
それでも、なんとか43番明石寺まで走れた。
到着は、午後6時。
納経終了ギリギリであった。

翌日の行動を考えて、大洲のユースを電話で確保。
大洲郷土館ユースである。
ユース到着が午後7時。
かなり高齢のお婆さんが一人で切り盛り。
話をしていて、楽しいペアレントさんだった。
ずぶ濡れで、着替えも不足していたので洗濯もさせてもらった。

就寝、午後11時
本日の走行 412km
よく走ったな~
  1. 2005/06/20(月) 21:03:06|
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なんでかな?(二日目)GB500TT 1988/8

8月11日
06:00起床
07:00ユース発

今日の最初は、20番鶴林寺。
細い川沿いの道を登って行く。
何度来ても遠い感じがする。
朝食として、昨日戴いて残っていた桃を食べる。

21番太龍寺では、お茶をお接待していただく。
おいしかった。

22番平等寺を打ち終え、23番薬王寺に向かう。
地図を便りに、日和佐への近道を探す。
しかし、なんと通行止めのため迂回。
その道で、トラックが立ち往生。
泥濘にタイヤをとられて動けない。
バイクを止めて手伝うも、ビクとも動かず。
最後まで手伝えなかったことを詫び、先を目指す。

24番最御崎寺に着く頃には、雨がやっとあがった。
カッパを脱ぎ、TシャツとGパン姿になる。
濡れた身体が、ドンドン乾いていく。

28番大日寺前で、パンとジュースの遅い昼食。
後で考えてみると、今日の食事はこれだけだった。

30番は、善楽寺と安楽寺が札所争いの真っ最中。
どちらにお参りするのかは悩む所。
道程を考えて、善楽寺を選ぶ。

なんとか32番禅師峯寺まで打ち終えることができた。
今までになく、良いペースである。

高知駅前ユース、午後6時50分着
就寝、午後10時

本日の走行 309.1km
  1. 2005/06/20(月) 21:01:00|
  2. 遍路
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