四国遍路の道

1974年からの四国霊場遍路の記録(現在は1989年アップ中)

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痛い遍路(二日目)GB500TT 1989/8

《註》 この日の記録の中に、「高知駅前ユース」と出てきますが、現在高知市内にある「高知ユース」とは、まったく別です。「高知駅前ユース」は、このブログを書いている2005年現在は、なくなっています。誤解のないようにしてください。

8月10日

21番スタートは初めてのこと。
道が今ひとつ分かりにくいと思ったので、19番立江寺まで行った。
パン2個と牛乳で朝食。
それでも道が分からなくなり、ガソリンスタンドで道を聞く。
ついでに、13L給油。
太龍寺はバイクならば境内まで登って行けるのは、今までで分かっていた。
途中の「坂口屋」という民宿の前で、昨日先導した大阪からのご夫婦と再会。
缶紅茶を御馳走になる。

22番平等寺から23番薬王寺へは、昨年は通れなかった道が通れた。

23番から24番最御崎寺まで、なんと1時間10分で走破。
かなりのハイペースで飛ばした。
ここでは、徳島ユースで一緒だった2人と出会う。

今日も天気が良い。
本当に暑い。

27番神峯寺で、寺の水をいただく。
冷たくて美味しい。
さらに、駐車場でコーヒー牛乳2本とジュースを1本。
飲み過ぎである。

この時点では、今夜の宿が決まっていなかった。
何度か、高知駅前ユースに電話して、キャンセルを期待していた。
この日は「はりまや祭」がある。
甘い期待ではあった。

28番大日寺で電話を入れてみると、泊まれるということ。
キャンセルでも出たのだろう。
ただ、条件を付けられた。
「必ず、夕食を食べて食事代も払うこと」
相変わらず、対応の悪いユースであるが、行程上使わざるを得ない。
他の宿に比べたら、ユースだけに安いということもある。
いろんな人と話ができるチャンスも大きい。

30番は、今年も善楽寺にお参りする。

31番竹林寺到着が、午後5時。
納経終了まで残り1時間。
まだ2つは行ける。

32番禅師峰寺を午後5時30分に出て、浦戸大橋を目指す。
遍路地図は分かりにくい。
方向や道の角度が、かなりアバウトである。
頼りすぎると、逆に迷う。
この時も迷った。
ツーリングマップルを取り出し、道を確認しながら浦戸大橋を探す。

種田という集落に差し掛かった。
信号待ちをして、青になったから交差点に進入。
・・・・・・・・・・・・・・
しばし、記憶が途切れる。
ボーとした頭で回りを見ると、横にGBがあり、自分は歩道に立っている。
横に立っていた人に尋ねた。
「どうしたんですか」
「君が事故に遭ったんやで」
「エ?」
「自分で警察に電話してたで」
「エ?」
どうやら、本当みたいだった。

辺りを見回すと、交差点に進入した所から2車線の道路を対角線に飛ばされたようだった。
バイクは、タンクが大きく凹み、ライトも在らぬ方向を向いている。

すぐに警察が来た。
話を聞いてみると、信号無視をして突っ込んできたミニバイクがぶつかったとのこと。
ミニバイクを運転していたと思われる少年が、横でうずくまっていた。
その友人らしき少年が、「このオッサンか?」とか言っていた。
「ぶつかってきたんは、そっちやろが!」
思わず大声で怒鳴ってしまった。
相手は、ビビってしまったようだった。
坊主頭に黒っぽいタンクトップにGパン。
顔や服から出ている腕は、日焼けして真っ黒。
どんな職業の人間に見えたのだろう。

ケガをしている様子がないということで、病院へ行く前に警察で事情聴取ということになった。
どうやら、無免許の少年だったらしい。
私が被害者だったし、青信号での進入だったので、事情聴取は簡単に終わった。

到着が遅れそうだったので、ユースにその旨を電話する。
「事故に遭って、警察にいます」
「病院へも行くので、到着が少し遅れそうなのですが」
返ってきた返答。
「なら、もう来なくていいです」
ガチャン
「エ・・・・?」
先にも書いたが、この日は「はりまや祭」
今から宿を探して見つかる訳もなく。
「必ず、夕食を食べる」
そう言われていたので、昼食抜きで夕食の予定もなし。
ユースでこんな対応があって良いのだろうか。
高知駅前ユースのオヤジ(普段は「ペアレントさん」と呼んでいる)の顔が目に浮かぶ。
しかし、どうしようもない。

警察の事情聴取終、近森病院へ検査を受けに行く。
軽い脳震盪は起こしていたが、身体にはまったく異常なし。
一応、頭部レントゲンも撮ってもらったが異常なし。
本当ならバイクに乗るにはヤバイ格好だった。
地肌丸出しだったのだ。
肩に砂が少しだけ付いていた。
身体は無傷だった。
「やはり、守って頂いているのだろうか」
そう思えた。

その直後、また腹が立つことが起こった。
少年の父親が出てきた。
最初は、大人しく対応してくれていた。
やはり、少しビビっているようだった。
ところが、私の職業(当時は小学校の教師)が分かったとたんに豹変した。
「うちは、神戸にヤクザの親戚がおる」
そんな事を言いだした。
謝ってくれれば、バイクが壊れたにしろ許すつもりでいた。
これでは、許すに許せない。
「じゃぁ、後日連絡しますから」
電話番号を聞いて別れることにした。
別れ際に、「うちの子の検査費用も含めて、出して帰るように」とか言い出した。
「それは、アカンでしょうが!」
「あなたが出して当然ですよ!」
言葉は丁寧だったが、怒気を含んだ声だったと思う。
そのまま、警察にバイクを引き取りに行った。

【後日談】
神戸に帰ってきてから、警察に勤める友人に相談した。
高知の警察と連絡を取ってみたらとのアドバイス。
「神戸に親戚はいるが、ヤクザ関係ではない」
「あのオヤジも、無職でフラフラしているだけ」
それ以外の情報もくれた。
早速、電話。
少し脅しもかけたが、バイクの修理費用を半額だけ出すということで許した。
相手が無職と分かっているだけに、優しすぎたか。
金の振り込みを確認して、領収書を送っておいた。

警察にもどり、バイクを見る。
これでは、もう走れない。
そう思って、「送り返したいのだが」と警察に言った。
「これ、ライトが真っ直ぐを照らしてますよ」
「かなり傷んではいるけど、走行には影響ないよ」
「エ?」
駐車場で走らせてみると、真っ直ぐ走るしライトもしっかりしている。
ということで、お遍路続行。

宿捜しをしなければならない。
警察で、「サウナなら一晩中開いてるのでは」と教えてもらう。
高知駅近くのサウナ「ビッグ1」が開いていた。
様々な思いを持ちながら、事故当日の不安な夜をサウナの仮眠室で過ごした。

サウナ到着、午後11時
就寝、午前0時
本日の走行 294km
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  1. 2005/06/21(火) 23:02:51|
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痛い遍路(初日)GB500TT 1989/8

ツーリングメモとして残っていた大学ノート。
本当に、チョコチョコっと書いているだけなのです。
記憶が交錯している部分もあって、バイク購入記録とも照合しています。
「重ね印」など、知りもしませんでした。
毎回購入していた納経帳。
そこに押されている高野山での日付印。
その3つが、この記録のベースなのです。
微妙な記憶のズレが、そのことで整理されて思い出されてきます。

さて、1989年になりました。
今年の夏休みは、どこへ行こうか。
結局、四国遍路に落ち着く。

1989年8月9日
0515起床
0520には自宅を出発
0530フェリー乗船
0540フェリー出航

5番地蔵寺では、奥の院で五百羅漢と1年振りの対面。
今年も、昨年のお守りをお返しして、新しいお守りを頂いた。
ジュース100円。

9番法輪寺は、田圃の中を抜けていく。
「四国の道」という石標があるのだが、分かりにくかった。
5回目の遍路でも、迷うときは迷う。

10番切幡寺前で蒸し芋100円とウーロン茶100円。
昨年と同じである。

12番焼山寺参道登り口の角のスーパーで休憩。
牛乳とアップルジュースを飲む。

13番大日寺では、奈良から来たという学生に写真を撮ってもらう。
送ってくれるということだったが、結局届かず。

身体が水分を欲している。
ジュース類を飲み過ぎているきらいがある。
牛乳かお茶だけと心がけねばと反省する。

17番井戸寺で納経を済ませて出発しようとしたときに、声をかけられた。
やはり遍路しているおばさんが、「肩こり、水虫、何でも効く」といって、花のつぼみを下さった。
何の花かは教えてくれなかった。
35度のホワイトリカーに10日間漬けると、11日目から使えるということであった。
この時点で、午後3時。
かなりのハイペースである。

新居浜から来られているおばちゃん2人と、大阪から来られているご夫婦を先導することになった。
徳島市内は、バイクでも渋滞するとつらい。
車2台を先導しているので、車のペースで走らなければならない。
それでも、1時間で18番恩山寺に到着した。
午後4時である。

何やら、足にマメができている。
今年は、マメができるのが早すぎる。
それにしても、痛い。

19番立江寺が、午後4時20分。
かなり余裕があるので、次を目指す。

20番焼山寺に到着したのが、午後5時10分。
やはり遠いが、それでも今までで一番先まで進めた。
納経終了時刻の午後6時には余裕があるが、次に進むのは無理である。
徳島ユースに電話を入れ、宿泊可能なことを確認する。

国道55号線の旧道沿いの店で夕食。
ラーメンライスと卵焼き、豆腐を食べる。
牛乳も飲んだ。

午後6時50分、徳島ユース着。
本日の走行 262.5km
  1. 2005/06/21(火) 17:49:07|
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なんでかな?(六日目)GB500TT 1988/8

8月15日
80番国分寺からのスタート。
ここで、横峰寺で一緒だった米原さんと再会する。
宿で一緒だった広島の人とも一緒になる。
この後、82番の根来寺までは一緒になることが多かった。
米原さんとは、84番屋島寺で会ったのが最後となる。

81番では、大阪の岸和田から来ているという親子5人連れと一緒になった。

84番屋島寺では、「栗山堂」というところがあり、寄ってみた。
大したことはなかったのか、寄ったことしかメモしてなかった。

88番大窪寺到着が午後1時30分。
珍しく、ノンビリ走って時間に余裕のある一日だった。
門前の飛猿閣で、久々にまともな昼食。
バイトの女の子が可愛かった。
店の人とも、ゆっくりと話をする。

88番までの本日の走行 120km

1番霊山寺へお礼参りする。
「最初にお参りした寺へお礼参りしましょ
納経帳に、そんなページがあったからである。

1番霊山寺到着が、午後3時。
広島からの人と再会する。
34歳で土建屋さんだとのこと。
八十八ヶ所を遍路する事の意味。
人生の不思議。
他人のお陰で生かされている。
色々な話ができた。

午後4時に霊山寺を出発。
鳴門海峡大橋を通り、淡路を走り抜けた。
淡路の大磯港から18時発の須磨行きのフェリーに乗る。
お盆が絡んでいることもあり、満車であった。
カーデッキでバイクを自分で見ていることを条件に乗船させてもらう。
カーデッキでバイクの横で自分のバイク管理をしている人数が結構いた。
ときどき、交代で上のデッキに外の風に当たりに行った。

午後7時に自宅着。
高野山は、またの機会に。

全走行距離 1657.9km
4回目のバイク遍路が終わった。
  1. 2005/06/20(月) 21:04:02|
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なんでかな?(五日目)GB500TT 1988/8

8月14日
0600起床
0630宿発

バイクで60番横峰寺へ向かう。
駐車場から少し先まで入れそうだったが、番人がいて諦める。
片道1kmほどである。
短い距離だが、昨日までの雨で足がふやけてマメができていた。
途中でマメが潰れて血が滲む。
四国遍路は、乗り物利用でも歩かないといけないところが多い。
ブーツでは、無理があったようだ。

宿にもどって、8時10分頃から朝食。
8寺45分に改めて出発。

64番前神寺から65番三角寺は、前回までは遠い感じがしていた。
今回は、松山自動車道開通に伴って利用する。
土居ICから伊予三島ICまで乗った。
国道利用だと、あれほど遠かった三角寺に、アッという間に着いたように思えた。

曼陀トンネルを抜けてすぐ、右折して未舗装路に入る。
66番雲辺寺にも変化があった。
前回までは、寺のすぐそばまで乗り入れ可能だった。
500mほど手前で乗り入れ禁止。
歩くことになっていた。

68番観音寺到着と同時に、大雨となる。
カッパを着ると、すぐに止んでしまった。
またカッパを脱ぐ。
すると、また大雨。
カッパを着るのをやめて、濡れながら走ることにする。
ムチャは分かっているが、邪魔くさい気持ちが勝った。
しかし、すぐに止んでくれた。

毎日、一日の後半になるとすごく焦っているのが分かる。
今日は、一日中焦っていたような感じがする。
焦っているのに、疲れてくるのでタバコ休憩が増える。
そして時間をロスしていく。
悪循環だと分かっていても、同じ事を繰り返してしまう自分がいた。

69番神恵院から70番本山寺は、そう距離があるわけではない。
しかし、道に迷う。
前も同じ事をしたように記憶している。
道を聞いて走ったが、聞いた道が行き止まり。
やっとの思い出辿り着いた。

71番弥谷寺はバイクを置いた場所から階段が延々と続く。
お参りして戻ってきたときには、汗びっしょりである。
駐車場上の店で柏餅2個とジュース。
これが今日の昼食となる。

73番出釈迦寺到着が午後3時30分。
門の前で、ボテリと立ち転けしてしまう。
バイクと一緒に放り投げられた。

74番甲山寺への道も間違えてしまった。
到着が午後4時5分。
75番善通寺に到着したのが午後4寺20分。
事前の予定よりも20分の遅れである。
77番道隆寺着が午後5寺丁度だった。

79番には午後6時間に着いた。
ここの高照院は別名「天皇寺」
天皇神社と同じ敷地内に建っている。

少し欲を出して80番国分寺に向かう。
「上手くいけば、納経をしてもらえるかも」
甘かった。
納経所へ通じる門は、固く閉ざされていた。

高松友愛ユースに電話をして、泊まれることを確認する。
ユース到着が午後7寺30分

本日の走行 231.4km
雨が降ったり止んだり、転けたりと、疲れた一日だった。
  1. 2005/06/20(月) 21:03:42|
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なんでかな?(四日目)GB500TT 1988/8

8月13日
0700起床
今日の最初の寺を7時にと思っていたが、よく寝てしまった。
寝るのが遅いと、朝も遅くなってしまう。

0800にユース発。
昨夜、「昨日は朝も昼も食べていない」という話をした。
出発時に、「何も食べないと身体に悪い」と叱られた。
そして、おにぎりを「お接待」と言って持たせてくれた。
いっぺんに、このユースのファンになってしまった。
ユースというよりは、ペアレントのお婆ちゃんのファンである。

雨が降っていなくて助かった。

45番岩屋寺参道入り口の店の人と話をするのが恒例になってきた。
今年は、お婆さんがいなくてお爺さんだった。
「眠気覚ましに食べたら」と、ニッキ飴を持たせてくれた。
自分では、ニッキ水100円を買った。

47番八坂寺で、ヘルメットのシールドネジが破損した。
自転車屋を探して、ネジを1個もらう。
普通の鉄製のネジだが、上手く止めることができた。

49番を探すのに手間取る。
地図を見るのに、一々バイクを止めなくてはならない。
聞いた方が早いので聞いて教えてもらう。

51番は、相変わらず「観光寺」というイメージが大きい。

52番太山寺で、また雨が降り始める。
「またか」と思ったが、53番円明寺を過ぎた辺りで止んだ。

53番延命寺までは、松山市から今治市までの距離である。
海沿いの国道もあり、快適な眺めであるにも関わらず、長く感じた。

57番栄福寺の納経は、何とも言えず感じが悪かった。
まるで邪魔者のような態度をとられた。
納経帳を差し出すときに、「お願いします」
受け取るときには、「ありがとうございました」
必ず言うようにしている。
ここでも言うには言ったが、「言うのが損」と思わざるを得なかった。
「納経所が、それで良いのか?」
今までの色々な納経所経験からも、疑問が残った。

また雨が降り始める。

58番仙遊寺から59番国分寺までは、思っていたよりも時間がかかる。
渋滞があり、バイクでも走りにくかった。

次に向かうために国道196号線を走る。
国道11号線までが長い。

60番まで行くのは間に合わないと判断。
61番香園寺から63番吉祥寺を先に打つ。
午後6時ジャストに打ち終えた。
ひたすら走ったような気がした。

60番へ行くため、参道入り口の京屋旅館支店に電話。
午後6時30分着。
突然の電話にも関わらず、夕食の準備をしてくださる。
若いご夫婦であったが、爽やかな感じを受ける。

品川ナンバーのバイクで来ている人と話をする。
自動車販売をされているとんこと。
42歳独身だとか。

本日の走行231.2km
何時に寝たのだろう?
  1. 2005/06/20(月) 21:03:25|
  2. 遍路
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なんでかな?(三日目)GB500TT 1988/8

8月12日
0600起床
0630ユース発

33番雪渓寺を午前7時スタートする。
境内の湧き水を頂く。
美味し。

35番清滝寺を打ち終え、走り始めたとたんに雨。
一気に豪雨になる。
靴の中がびしょ濡れで、足がブヨブヨしてくるのが分かる。

37番岩本寺は本堂を建て替えていた。
到着時も降り続いている雨。
4回目の遍路になるが、この辺りは4回とも雨である。

39番延光寺に午後4寺着。
時間がなくなってきた。

相変わらずの豪雨の中を40番目指して走る。
これまで下川口から入っていた県道は、山間部になるのなるので止める。
安全策をとって国道北上。
しかし、豪雨のために国道が川のようになっている。
水しぶきを前身で浴びながら、周囲の状況に気を配りながらの走行。
ヘルメットのシールドが曇り、視界不良になる度にバイクを止めて曇りを取る。
神経がすり減っていく感覚を覚えた。
時間もなくなってくる。
それでも、なんとか43番明石寺まで走れた。
到着は、午後6時。
納経終了ギリギリであった。

翌日の行動を考えて、大洲のユースを電話で確保。
大洲郷土館ユースである。
ユース到着が午後7時。
かなり高齢のお婆さんが一人で切り盛り。
話をしていて、楽しいペアレントさんだった。
ずぶ濡れで、着替えも不足していたので洗濯もさせてもらった。

就寝、午後11時
本日の走行 412km
よく走ったな~
  1. 2005/06/20(月) 21:03:06|
  2. 遍路
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なんでかな?(二日目)GB500TT 1988/8

8月11日
06:00起床
07:00ユース発

今日の最初は、20番鶴林寺。
細い川沿いの道を登って行く。
何度来ても遠い感じがする。
朝食として、昨日戴いて残っていた桃を食べる。

21番太龍寺では、お茶をお接待していただく。
おいしかった。

22番平等寺を打ち終え、23番薬王寺に向かう。
地図を便りに、日和佐への近道を探す。
しかし、なんと通行止めのため迂回。
その道で、トラックが立ち往生。
泥濘にタイヤをとられて動けない。
バイクを止めて手伝うも、ビクとも動かず。
最後まで手伝えなかったことを詫び、先を目指す。

24番最御崎寺に着く頃には、雨がやっとあがった。
カッパを脱ぎ、TシャツとGパン姿になる。
濡れた身体が、ドンドン乾いていく。

28番大日寺前で、パンとジュースの遅い昼食。
後で考えてみると、今日の食事はこれだけだった。

30番は、善楽寺と安楽寺が札所争いの真っ最中。
どちらにお参りするのかは悩む所。
道程を考えて、善楽寺を選ぶ。

なんとか32番禅師峯寺まで打ち終えることができた。
今までになく、良いペースである。

高知駅前ユース、午後6時50分着
就寝、午後10時

本日の走行 309.1km
  1. 2005/06/20(月) 21:01:00|
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なんでかな?(初日)GB500TT 1988/8

1988(昭和63)年夏
86年夏は北海道へツーリング。
87年夏は、中国にいた。
今回のバイクは、今までのオフロードバイクではない。
まったく違うバイクである。
ネイキッドのビッグシングルエンジン。
それが「遍路に出かけよう」と思った要因ではないだろう。
「一気に回りたい」
「掛け軸が欲しい」
二つの欲求は満たした。
なのに、遍路がしたくなった。
とにかく、遍路がしたくなった。
なんでかな?

8月10日
早朝に起きだして、午前4時30分自宅発。
雨が降っていた。
須磨-大磯フェリーの待ち時間や淡路の道でブラブラしながら走った。
四国に渡ってすぐ、愛知から徳島へ帰省中のZ400に乗った人と知り合う。
1番霊山寺まで先導してくれた。

午前8時、霊山寺着。
門前で、結願したというお爺さんに桃を戴く。
それを朝食として食べた後、8寺30分スタート。

5番地蔵寺では、また奥の院五百羅漢を訪問。
前回戴いたお守りをお返しし、新しいお守りを戴く。
ラムネを100円で買って飲む。

6番安楽寺辺りから、腹が減ったような、胸焼けするような不思議な感覚。
体調が悪いという感覚がないので、そのまま走り続ける。

9番法輪寺では、姫路から来ているという家族と一緒になる。
5日で88ヵ寺を回り終えるとか。
どうすれば回れるのか謎であるが、納経帳に朱印を戴かなければ可能か。

11番藤井寺前の店で、蒸し芋100円とジュース100円。

12番焼山寺へは、梨の木峠を越える。
道幅狭く、自動車なら離合困難な所も多いが、大いに時間短縮。
参道入り口の店で、パンと牛乳の昼食。
12番は道路補修費としてバイクなら100円を志納。

14番常楽寺が午後3時。
出発が予定よりも1時間遅れたが、かなりのハイペースで回っているのか。

朝からの雨が降り続いているためか、身体が疲れている様子。
何度か、多の車と接触しかけた。
気を付けなければと、改めて自分に言い聞かせる。

15番国分寺の後、高校生の時にお世話になった新居さん宅に寄る。
子供たちが大きくなっていた。
30分ほど話をして出発。

どこの寺だっただろう。
納経終了時刻は午後6時のはずなのに、5時半で閉まってしまう。

雨の中ではあったが、ペースは良かった。
前回は18番恩山寺で打ち止めであったが、19番立江寺まで行けた。

ラーメンライスの夕食後、午後7時30分に徳島ユースホステル着。

就寝、午後10時
本日の走行距離 231.4km
  1. 2005/06/20(月) 21:00:42|
  2. 遍路
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掛け軸の旅(六日目+α)XL250R改 1985/8

8月13日

第76番金蔵寺スタート。
昨日の、お役所仕事的な印象が拭えなかった。
午前6時50分着。
本堂と大師堂で読経の後、納経所へ足を運ぶ。
7時2分前。
納経所に人はいる。
納経を待っている人は、2~3人いる。
それでも、7時を回らなければ納経所は開かなかった。
それで、この寺の印象が決まってしまったような気がする。

第78番郷照寺。
ここは、昨年は6日目の最初にお参りした寺である。
今回は、6日目の3ヵ寺目となった。
納経を済ませ、出発しようとしたとき、立ち転けした。
左のミラーを割ってしまった。
「これだけのことで、他の危険を回避させて戴いた」
そう思った。
モノは考えよう。
いや、お陰というべきか?
「大難を小難、小難を無難」
そう思えるようになってきていた。

後は、一日中スムーズに走った。
第85番八栗寺への裏参道を見つけるのに、今年も道に迷った。
それでも順調な方だった。

第88番大窪寺。
納経を済ませた後、飛猿閣に寄る。
掛け軸は、高野山で完成する。
その後、送るので表装をお願いした。
今年も、徳島方面への地図を戴いた。
「また来ます」
そう言って、大窪寺を後にした。

この日のここまでの走行距離
210.8km

この日は、小松島千歳ユース泊
翌日に小松島港から和歌山へ。
高野山へお礼参りし、大阪経由で神戸の自宅へ帰った。

後日、飛猿閣へ掛け軸を送り、約1カ月後に完成して送り返されてきた。
今回の目的は達成できた。

しかし、心は四国に残っているような感じがした。
  1. 2005/06/03(金) 02:52:44|
  2. 遍路
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掛け軸の旅(五日目)XL250R改 1985/8

8月12日

ラッキーなことにライトは切れていなかった。
どうやら接触が悪かっただけのようである。

第60番を飛ばして第61番香園寺から第63番吉祥寺を先に打つ。
その後、山に登る。
第60番横峰寺への林道は、今年はバイクなら上まで上がれるようになっていた。
但し、「オフロードバイク」であることを確認された。
未舗装で、かなり路面が荒れているのが理由である。
それにしても、楽になったものだ。

第66番雲辺寺を目指している途中で、今度はオイルランプが点滅。
「オイル切れか?」
不安な要素が、次々と出てくる。
それでも、何とか先には進める。

第70番本山寺到着は、午後4寺。
昨年と同じペースにもどっていた。

第76番金蔵寺は、納経時刻を2分過ぎていただけで納経してもらえなかった。
目の前で納経所が閉まっていく。
なんとなく、お役所仕事?
納経は、バイトの人がやっているとのことであった。
納得できない気持ちであるが、どうしようもない。
駐車場近くの公衆電話で海岸寺ユースホステルに電話。
今夜の宿も決まって安心。
しかし!
またもや青い巾着袋を電話ボックスに忘れかける。
二度あることは、三度ある。
改めて気を引き締める。

海岸寺ユースホステルで、同室メンバーとテレビを見ていた。
日本航空機が御巣鷹山に墜落というニュースが流れていた。
犠牲者の中に、「坂本九」という名前を見つけた。
「上を向いて歩こう」
その歌のフレーズが思い浮かんだ。
大好きな曲だった。
キャラクターも好きだった。
自分の中で、何か一つが欠け落ちた。
このユースが、忘れられないのは、そんな事件を知った所だからかも知れない。

本日の走行
219.9km
  1. 2005/06/03(金) 02:36:53|
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掛け軸の旅(四日目)XL250R改 1985/8

8月11日
0650起床
0730ユース発
少し寝過ごした・・・

第42番仏木寺前で草餅を売っていたので買う。
10個入り300円。
朝食代わりに5個食べてから出発。

第43番明石寺を過ぎた辺りから、ガソリンがリザーブになる。
しかし、休んでいるガソリンスタンドが多く、焦る。

第45番岩屋寺では、参道にかかっている札が気になる。
「気になることは、気になるほど、気になってくる」
仕事で悩みもあり、その事を指摘されているような気がした。
中学生ぐらいの姉弟が、「こんにちは」と元気良く挨拶してくれた。
それで、気が晴れるように感じた。
いつも、誰かが救ってくれる。

お参り後、参道入り口の店でお婆さんに声をかける。
顔は忘れられていたが、昨年のバラ寿司の話をすると思い出してくれた。
「いつまでも、お元気で」と心の中で祈る。

第47番八坂寺を打ち終えた後、昼食に草餅を1個食べた。

第48番西林寺まで、岩屋寺参道で声をかけてくれた中学生姉弟と会うことが多かった。
顔を見るたびに、気持ち良かった。

走っている最中に、周りにいる女の子が気になって仕方ない。
そのために、ペースも落ちる。
「これではイカン」と言い聞かせる。

今年も「レストラン臍島」は寄らなかった。
車が3台止まっていたのが目に入って、初めての時のことを思い出す。
あのバイトらしき女の子は元気なんだろうか?
またもや、女の子のことを考えている自分がいた。

第58番仙遊寺到着時には、またもや納経終了時刻の午後6時を過ぎていた。
走っている道の都合で、ここは逆打ちになった。
次に、第57番栄福寺へ行く。
ここもまた、納経時刻を過ぎていても納経してくれた。
昨年と同じである。

欲を出して、第59番国分寺を目指す。
しかし、欲を出すとろくな事はない。
財布や免許証を入れてあった青い巾着袋を落としていることに気付く。
Uターンして、栄福寺までもどるも見つからず。
ガソリンも残り少なくなってきている。
「警察へ行って、お金を借りようか?」
「今回は、ここで終わりやな」
諦めかけていた。
その瞬間、門前にいた若いアベックに声をかけられる。
「これを探してるんですか?」
二人が手にしていたのは、私の巾着袋だった!
落とした人が困っているだろうと、長い時間待っていてくれた。
心の中では、すごく感謝していた。
というよりは、嬉しいばかりで感謝の気持ちが湧いてきたのは後のことである。
ヘルメットもとらずに礼を言ってしまった。
後で後悔するも間に合わず。

辺りは既に真っ暗である。
伊予法華寺ユースに電話を入れ、泊めてもらうことになった。
途中で、バイクのライトが点かない?
切れたのか?
不安なまま、ユースにて眠りについた。

本日の走行
277.2km
  1. 2005/06/03(金) 02:36:37|
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掛け軸の旅(三日目)XL250R改 1985/8

8月10日
0600起床
0630ユース発

第31番竹林寺が今日のスタート。
門前の「ちくりん」という店でパン3個と牛乳2本の朝食。

第37番岩本寺が近づくと、また雨。
この辺りを通過するときは、3回続けて雨である。
「またか~」
そんな感じである。
品川から来たバイクと出会い、しばらく一緒に走る。

第38番金剛福寺まで、2時間15分かかった。

第39番延光寺までは、下川口というところから県道に入る。
今までの2回も利用している県道である。
昨年と比べても道が広くなり、走りやすくなっていた。
その分、日本の原風景がまた一つ消えたようで寂しくもあった。

第40番観自在寺には、午後5寺に到着。
今年はゆっくりと納経できた。

次の札所に行くには、時間が足りない。
宇和島ユースに電話を入れ、泊まることとする。
午後7時45分、ユース着。
素泊まり予約なので、ユースのある山を下りて夕食。
気がつけば、今日は昼食を摂ってなかった。
腹ペコ。
「喫茶あんどう」でオムライスとミートスパを食べる。

本日の走行
361.4km
  1. 2005/06/03(金) 01:28:54|
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掛け軸の旅(二日目)XL250R改 1985/8

8月9日
0600起床
0630ユース発

第19番立江寺門前の店で、パン3個と牛乳を買い朝食。
豪雨になってくる。

雨の中であったが、第20番鶴林寺と第21番太龍寺を無事に打ち終える。
太龍寺が山門までバイクで行けるのは、本当にありがたい。

第23番薬王寺着。

雨が止んできた。
これから室戸に向かって海沿いを走っていくので、助かる。
途中、トンネルを抜けると突然海が眼前に広がってきた!

第24番最御崎寺着。
室戸のバス待合所でパン3個とジュース2本の昼食。

第26番金剛頂寺に行くのに、なぜか道に迷いまくる。

高知市内が近づくにつれ、渋滞。
バイクでも渋滞はつらい。

午後7寺17分、今夜の宿である高知駅前ユース着。
ミーティングで箸ケン等を行っていたが、気の合った人との話に花を咲かせる。
それが気にくわないのか、ペアレントは何を聞いても無視をする。
質問に対しても、ぞんざいな答え方。
非常に気分が悪かった。

本日の走行
308.1km
  1. 2005/06/03(金) 01:27:22|
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掛け軸の旅(初日)XL250R改 1985/8

1985年8月
通し打ちから1年が過ぎようとしていた。
その後、欲しいモノができていた。
それを手に入れるために、もう一度行くか?
そう、「四国八十八ヶ所の掛け軸」が欲しかったのです!

8月8日
何も用意していなかった・・・
午前5時10分に起きて、それから準備。
家を出たのは午前7時だった。
須磨港から淡路の大磯に渡り、淡路島を南下。
福良から鳴門港へもフェリー。
少し道に迷い、ようやく到着。

第1番札所霊山寺は、午前10時着だった。
遅い出発になってしまった。
取り敢えず、掛け軸を購入。
7,000円だった。

何となく身体が疲れているのか、少しの時間が長く感じる。

第5番地蔵寺到着後、今までの懸案事項だった「五百羅漢」を見に行く。
第5番の奥の院ということだった。
お婆さんが、五百羅漢の入り口に座っておられた。
羅漢保存のために、100円を寄付する。
交通安全のお守りを戴いた。

今日は、雨なのか晴れなのか?
カッパを着ると雨が止み、カッパを脱ぐと降り出す・・・

第10番切幡寺門前で、ふかし芋を買って食べる。
100円。

第11番藤井寺から第12番焼山寺へは梨の木峠越えで行く。
相変わらず、道のり遠し。
水流清し。
途中で、昨年と同じ店に寄る。
パンと牛乳が昼食。
第12番では、道路保存のために100円。

第15番国分寺は、来るたびにきれいになってきている?
野宿に使おうとした5年前は、無人の荒れ寺の様相があった。
土塀もボロボロな感じで、墓石も放置されていた。
住職不在で、納経はアルバイトの人というのだけは変わってない?

午後5時に第16番観音寺着。
しかし、納経所には誰もおらず、いくら声をかけても誰も出てこない。
納経は6時までなのに、どこへ行った?

第17番井戸寺を先に打ち、また観音寺にもどる。
やっと納経をしてもらえた。
しかし、何かを食べながらの納経。
ものすごく不快感を覚えたまま、寺を後にした。

徳島市内を抜け、今夜の宿に向かう。
途中で、きざみうどんと玉子丼の夕食。
気がつけば、昨年ラーメンを食べた店の向かい側だった。

徳島ユース着が、午後7時17分。

本日の走行
216.6km
  1. 2005/06/03(金) 01:26:15|
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一気に行くぞ!(六日目+α)XL250R 1984/8

8月17日
0500起床
0600出発

第78番郷照寺には、午前6時30分に到着。
納経は午前7時からになっていたので、早く着いた。
早いにも関わらず、納経をしてくださった。
嬉しかった。
喜んでバイクの置いてある所まで行こうとした瞬間。
踏んでしまった。
犬のウンチ・・・
臭いまま、バイクのエンジンをかけ、走り出す。

しばらくは順調に走った。

第85番八栗寺を目指す。
前は歩いて登り、ケーブルカーで下山した。
今回は、裏参道をバイクで上まで上がるつもりである。
ところが、国道から八栗寺向いて入ったとたんに、道が分かりにくい。
ケーブルカーまでは、地図を見ても分かりやすい。
裏参道の入り口が見つからない。
焦れば焦るほど、分からなくなる。
時間を欲張ると、余計に時間を浪費する。
やっとの思い出到着。

結願まで、残り僅かである。
最終日は時間に余裕がある。
ノンビリ走った。

そして、第88番大窪寺着。
時間的にも早かったので、門前の飛猿閣も開いている。
店の奥さんと話もできた。
たらいうどん、親子丼、かき氷メロン味を食べる。
第10番から第1番までを逆打ちでお礼参りしたかった。
道を教えてもらう。

結局は、寺の前を通るときに、心の中で手を合わせるだけだった。
第1番霊山寺の門前で、かき氷を食べた。
本日2杯目のかき氷。

氷屋のお兄さんに、府中までの道順を教えてもらう。
高校2年の時に、友人と遊びにきた。
野宿しようとした所を自宅に泊めてくださった新居さんに会いたかった。
残念ながら、新居さんと再開はできなかった。
小さかった2人の子供たちが中3と中1になり、3人目の子供さんも生まれていた。
中1になっている雅人君はテニス部。
一緒にゲームをして遊ぶ。

今夜の宿は、徳島ユースホステルである。
ユース近くの国道沿いの店で夕食。
ラーメン、餃子、大飯を食べる。
このまま神戸に帰らずに、高野山を目指すつもりである。
徳島から和歌山にフェリーで渡るための1泊である。

午後8時、徳島ユース着

本日の走行
221.7km

8月18日
フェリーで和歌山に渡り、橋本経由で高野山へ。
スカイラインよりも、国道の方が楽しく走ることができる。
夕方には自宅着。
走行距離は、188.2km。

全走行距離
1,843.2km
四国のみの走行距離
1,654.9km
ガソリン使用量
55L
燃費
33.5L

ついに、通し打ち完了!
満足感が残った。
  1. 2005/06/02(木) 14:10:26|
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一気に行くぞ!(五日目)XL250R 1984/8

8月16日
第60番横峰寺へ、4年前は山道を駆け登った。
京屋旅館支店のある場所は、その時とは違うルートである。
今は、このルートに林道が開かれてバスで途中まで行けるようになっていた。
ただし、バス以外は通行できないとのこと。
バスに乗り、林道を進んだ。
降りた後は、20分前後歩くだけ。
随分と楽になったものだ。
早朝なので、山も起きだしたばかりか。
木々から湯気が立ち上る。
山全体が、息をしているようだった。
またバスに乗り、京屋旅館支店まで。
さて、今からはまたバイクである。
この日は好天。
いい調子で走り始める。

第65番三角寺を目指している時、少しだけ道に迷うが、途中で聞いて辿り着く。
時間ロスもあり、昼食抜きに決定。

第66番雲辺寺に向かっている時にも道に迷い、あちこちと走り回った。
林道に迷い込み、6km余り走りもした。

第67番大興寺に行く途中でも迷った。
この日は、迷いの日である。

第70番本山寺に到着したときには、午後4時になっていた。
時間がない。
少し焦る。

横峰寺から、ずっと一緒になっているご夫婦がおられた。
話をすると、東京から来られているとのこと。
世田谷区に住んでいて、中曽根首相の家も近いらしい。
下宿屋を営んでおられる江口さんということ。
東京に来たら寄ってくださいと、詳しく場所を教えてくれた。

第73番出釈迦寺では、そうめんの接待が行われていた。
3杯戴く。
お茶もおいしかった。
昼食抜きだったから、大満足。

後半になって、迷うこともなく順調に走れている。

第77番道隆寺が、本日最後になる。
近くにある海岸寺ユースに電話を入れる。
小学生が合宿中だが、泊めてもらえた。
カワイイ女性がいたが、話ができずに残念。
先生だろうか。
宮城と大阪枚方から来ていた2人と同室。
写真も撮った。

本日の走行
202.3km
  1. 2005/06/02(木) 13:42:29|
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一気に行くぞ!(四日目)XL250R 1984/8

8月15日
06:00起床
06:30ユース発
朝から雨で、おまけに寒い。

第41番龍光寺で、一昨日から時々見かける車遍路の二人連れと一緒になる。
車にしては、ペースが速いと感じた。
この人達とは、終日どこかで出会うことになる。

第43番明石寺から第44番大宝寺まで走る。
久万町から小田村に入って行く。
国道といえど、本当に細い道の連続。
対向車が来れば、ヒヤリとすることも。

第45番へは、今回は迷わずに行けた。
素直に地図通りに走ったのが良かった。

参拝を済ませて駐車場のあるところまで下りてきた。
参道口駐車場前の店のお婆さんが声をかけてくれた。
バラ寿司と蒸し饅頭の接待を受ける。
これが昼食となる。
ありがたい。
ニッキ水を買い、ラムネを飲む。

第46番浄瑠璃寺に向かう。
すばらしい景色があり、思わずカメラを取り出してシャッターをきる。

その後、第49番八坂寺までは順調に回れた。

第50番繁多寺に向かう途中で、バイパスに入ってしまい、少し迷うも到着。

雨のために、ブーツの中がグショグショ。
石段を登る時には、足が痛くなる。
ブーツでの参拝は無理がある。
服は、汗と雨で自分でも匂うぐらい臭い。

松山市内の札所を打ち終え、今治を抜ける。
何か急いで回っているような気がする。

第58番仙遊寺に着いた時には、納経時間を過ぎてしまっていた。
お願いすると、快く納経してくださった。
感謝。

調子にのり、第59番国分寺まで走る。
ここでも、時間外にも関わらず納経してくださった。
お陰で、予定よりも先に進むことができた。
予定では、今日は第55番南光坊ぐらいと踏んでいた。

国道196号線沿いの「浜屋」という店で夕食。
月見うどん定食を食べる。
若い女の子二人がかわいかった。
一人は、早見優に似ている。
地図を見ていると、宿を紹介してくれる。
第60番に近い「京屋旅館支店」である。
暗い山道を、宿目指して走る。
到着後、洗濯をさせていただいた。

本日の走行
231.2km
  1. 2005/06/02(木) 11:54:27|
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一気に行くぞ!(三日目)XL250R 1984/8

8月14日
06:00起床
06:30ユース発

第30番善楽寺は、すぐに分かった。
高知駅前で、パンと牛乳の朝食。

第32番禅峯寺まで一緒に回った末次さんではあるが、どうもペースが違う。
ここで別行動を取ることになる。
お互いの安全を祈りながら、次の札所へ向かう。

第33番雪渓寺を過ぎ、第34番種間寺に向かう。
農道のような所を走ったりして、非常に分かりにくかった。

第35番清滝寺を過ぎたあたりから、雨が降り始める。
この辺りに来ると、前回も雨だった。
第37番岩本寺から第38番金剛福寺に向かう途中で、遅い昼食を摂る。
パン3個とソーダ2本。

第38番は、前回は若いお姉さんが納経をしてくれたと記憶している。
「今回もいるかな?」
期待は外れた。

第39番延光寺で、兵庫区から来ているバイク遍路と一緒になる。
雷鳴が轟きはじめた。
やばい!

第40番到着は、午後6時20分。
納経時間が終わり、納経所も閉まっている。
しかし、ここをクリアしなければ、今日の宿泊予定地まで辿り着かない。
迷惑顧みずに、大きな声をかけまくった。
しつこくねばった。
午後7寺、やっとの思いで納経していただいた。

雨の中、宇和島を目指す。
本日の宿、宇和島ユース到着は、午後9時。
ずぶ濡れで、かなり疲れていた。

本日の走行
386.9km
一日中、ひたすら走ったような一日が終わった。
  1. 2005/06/01(水) 23:47:13|
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一気に行くぞ!(二日目)XL250R 1984/8

8月13日
ユースを7寺に出発した。
田圃の稲穂がゆれて、緑の中を走っているような錯覚さえ覚える。

第18番恩山寺は、すぐに見つけることができた。
そのまま、第19番立江寺へ。
近くの店で、あんパンと牛乳2本。
朝食終わり。

第20番鶴林寺と第21番太龍寺は、ずっと山の中へ入っていく。
奥へ、奥へと走っているようで、随分と長い時間を走っているような気がした。
太龍寺へはバイクなら境内まで登れるのでラッキーである。
途中でビールを積んだカブが故障して立ち往生。
代わりに寺まで運ばせてもらう。

第24番最御崎寺で、昨日分かれたクラブマンの末次さんと再開する。
自分の方が、ペースが速いのか?
第25番津照寺近くの「待夢」という喫茶店で昼食を摂る。
ピラフとミックスジュースは、美味かった。
この時点で、午後2時になっていた。
この後、この日の最後まで末次さんと一緒に走ることになる。

第29番国分寺で本日の打ち止め。

山田駅前ユースに電話を入れて泊めてもらうことになる。
午後7時着。
ユースというよりも、大きなお屋敷といった感じだった。
耳の遠いお婆さんが一人でやりくりしているらしい。
泊まるだけで、食事も風呂もない。
門限8時で、消灯が10時。
急いで駅前の食堂へ行き、夕食とする。
ラーメンとオムライスを食べた。
その後、銭湯へ。

この日は、末次さんと二人だけの宿となる。

本日の走行
296.8km
  1. 2005/06/01(水) 23:32:47|
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一気に行くぞ!(初日)XL250R 1984/8

前回、結願してから3年が過ぎようとしていた。
勤めだしてから3年目。
夏休みもほとんどないような勤務だった。
小学校というところにも少し慣れてきた。
今年は、夏休みが1週間ほどとれそうである。
「ヨシ、行くぞ!」
2回目の遍路へ挑戦である。
今回は、順打ち、通し打ちである。
バイクも、新しくなっている。
前のバイクは、乗り潰してしまった。
今回は、排気量こそ小さくなったがオフ車である。

1983年8月12日
徳島に向かうべく、東神戸フェリー埠頭へ。
しかし、この時期に予約なしでは苦しい。
満車で乗船できなかった。
同じ様なバイクが3台いた。
相談して、4台連ねて須磨港に向かう。
1台は、原チャの女子大生。
ついてくるのは、しんどかろう。
それでも、何とかついてきた。
須磨港からフェリーで大磯。
淡路の海岸沿いを走って、南端の福良。
そこからフェリーで鳴門。
8:30分、鳴門スタート。

今日は第19番立江寺まで行く予定だった。

第1番~第3番前は順調に走ることができた。
ただ、納経所に関しては事務的な感じがしたのが残念である。

第4番~第7番は、何となく前回よりも時間がかかっているような気がした。
第7番では、門前で修行僧風の方にブドウを接待していただく。
とても美味しかった。

ずんずん走り、第11番から梨の木峠越えで第12番を目指す。
前回は、この道を逆に走ったのを思い出す。

焼山寺登り口の角にあるスーパーでパン3個とシュースと牛乳。
これが本日の昼食であった。
焼山寺までの道のりは遠く、肩が凝ってきた。
前に来た時よりも、道は格段に良くなってはいた。

焼山寺、無事に終了。
GB250クラブマンに乗る佐賀県の方と一緒に走ることとなる。
ところが、第14番常楽寺を出発しようとしたときに、パンクに気がつく。
門前の店の方に空気入れをお借りして、教えてもらったタイヤ屋へ直行。
3cmはあろうかという鉄片が刺さっていた。
待ってもらうのも気の毒なので、クラブマンの片とはここで分かれる。
結局、修理に1時間を要し、立江寺までは無理。

第17番井戸寺を打ち終えた時点で「本日ここまで」と判断する。

徳島市内を抜けて、今夜の宿である小松島千歳ユースホステルを目指す。
東大で酵素の研究をしている大学院生他、自分も含めて5人で夕食に出かける。

本日の走行
263.2km
  1. 2005/06/01(水) 21:35:31|
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残ってるぞ(パートⅡ三日目+α)CB500Four 1981/11

05:45起床

今日も寒い。
せっかく教えていただいた龍光院ではあるが、時間的に無理と判断。
いつか来ることもあるだろう。

快調に走り、第40番の観自在寺に到着。
これで愛媛県も終わった。

少し距離はあったが、第39番延光寺もすんなりと到着。
次は、足摺岬を目指す。

地図を見て、ショートカットのつもりで途中から県道に入る。
細い道ではあったが、静かな清流沿いを走ることになる。
水の色が、何ともいえず深い緑色である。
また走ってみたい道であった。
県道を抜けると、海沿いの国道になる。
山中と海沿いでは、明るさも違う。
足摺スカイラインを快調に飛ばす。
相変わらず寒い。

第38番金剛福寺着。
ホッと一息。

残るは、あと1ヵ寺のみである。
ここからは、また距離がある。
途中から、雨が降り出す。
11月も中旬を過ぎているので、濡れると寒さが応える。
国道沿いの喫茶店に、カッパを脱いで入り、イタリアンスパゲティーを食べる。
ちょっと元気が出てきた。

最後の札所、第37番岩本寺到着!
鐘楼の落慶法要が執り行われていた。
紅白の幔幕に、紅白の餅まき。
鏡餅をゲット!
まるで、自分の結願を祝ってもらっているような気がする。
これも、何かの不思議であろうという感想を持つ。

このまま帰宅することもできた。
しかし、あまりの寒さに高知駅前ユースに逃げ込む。
同じ歳(学年は下?)の歩き遍路がいた。
彼は岩手県から来て、将来は農業をやりたいと言っていた。
「高野山へは、一緒に行こう」
そんな約束をして、住所の交換をした。
東京から来ていた哲学科に通う女子大生もいた。

翌日は、ユースで意気投合したメンバーで、高知市内巡りをした。
はりまや橋は、期待はずれだった。
地球33番地というところにも行った。
記念撮影の後、ここで別れた。

四国を縦断する形で、徳島方面へ。
時間も気になったので、10番から1番までのお礼参りはピンポイント。
第5番地蔵寺と第1番霊山寺で、読経だけした。
その後、徳島港まで車が先導してくれた。
その日のうちにフェリーに乗り、神戸に帰る。

今回の走行距離
545.2km

翌年4月。
歩き遍路の小泉さんが自宅を訪ねて来てくれた。
翌日、まだ雪の残る高野山へ。
奥の院まで一緒にお参りする。
その後、再開を約束して山の上で別れる。

高校2年の終わりに「遊び遍路」からスタート。
6年越し、4回に分けての遍路は結願した。
しかし心の中では、ある思いが湧いてきていた。

「いつか、一気に回ってみたい!」
  1. 2005/06/01(水) 00:40:18|
  2. 遍路
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残ってるぞ(パートⅡ二日目)CB500Four 1981/11

06:30起床
ユースのヨウコちゃんが、バイクに興味を示したので跨らせて写真を撮ってあげる。

08:00出発
今日は、久万町方面から山の方へ入って行くことになる。
「これが国道か?」
そんな対面が困難なほど細い国道を、ズンズンと走る。
寒い!
第44番大宝寺の道標が道沿いにあった。
逆打ちで回っていたが、せっかくだから先にお参りする。

第45番岩屋寺に向かう。
どこでどう入ったの、山道に入り込んで行き止まり。
カルスト地形とでもいうのだろうか?
岩肌が剥き出しの、まるで山水画のような景色を見ながら到着。
バイクを駐車場に置き、山道のような石段を歩いて登って行く。
お寺の勧めで、せり通りの行場に入らせてもらった。
下山後、駐車場横の売店で草餅を買い食べる。
お茶を入れてくれた。

「こっちを通った方が近道」
そう教えてもらった道を進むが、自分の所在が分からなくなる。
地図を見ても、どこにいるのか分からないような未舗装の林道を走る。
だんだんと不安になってくるが、進むしかない。
ガソリンもなくなり、リザーブになる。
小さな集落をいくつか通り過ぎるも、日曜のためかガソリンスタンドが閉まっている。
3つ目のガソリンスタンドが、やっと開いていて、ホッとする。
結局、50kmほど走っただろうか。
時間としては2時間半も走っていた。

やっと第43番明石寺に辿り着く。
納経所で、「気を付けて運転を」と言ってもらった。
当に、その通り。
ありがたかった。

第42番仏木寺を目指すが、またもや道が不明。
途中で、硬派風の高校生に道を尋ねる。
ボロボロの帽子に着古したガクランが、何気に格好よかった。
お陰で到着。

第41番龍光寺は、すぐに見つけることができた。

次の寺までは結構な距離がある。
すでに午後7時になっていたので、宇和島ユースに泊まることにする。
ユースまでの道が分かりにくく、細い道を登って行く。
ユースでは、ペアレントさんと話をする。
自転車で日本一周中の人もいた。
ここは公営のユースで、ペアレントさんは今年で定年だと仰っていた。
宇和島に、番外の龍光院があると教えてくださった。

二日目の夜が更けていく・・・
  1. 2005/06/01(水) 00:10:01|
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