四国遍路の道

1974年からの四国霊場遍路の記録(現在は1989年アップ中)

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残ってるぞ(パートⅠ二日目)CB500Four 1980/11

早朝に民宿を出発。
早く出たのは、高松市内を抜けるからである。
渋滞は回避したい。

今日の最初は、第88番大窪寺である。
途中のガソリンスタンドで、寺までの地図を書いてもらう。
持っていたのは、道路地図だけであった。

大窪寺に到着すると、参拝者は我々だけであった。
さすがに結願寺だけあって、大きい。
門前の店も閉まっていた。
駐車場に「飛猿閣」と書いてあり、檻の中には猿がいた。

納経を済ませ、早々に第82番根来寺へとバイクを走らせる。
第81番白峰寺とは、スカイライン沿いにならんでいる。
非常に快適に走れる道であった。
道も景色も抜群!

スカイラインを下りて坂出方面に走る。
途中で昼食に立ち寄るが、そこで白峰寺で一緒になったバイクの老人3人と偶然にも同席。
姪御さんが、私の実家のすぐ北側の町に住んでおられるという偶然もあった。
我々は、第73番出釈迦寺に行くので、ここでお別れした。

はて?
どうもおかしい?
お寺の近くになると道標が多いのに、なぜか見あたらない?
それもそのはずである。
我々は札所番号を逆に回っているのだ。
逆方向の車には、そこまで親切ではないようだ?

結局、辿り着いたのは第71番弥谷寺であった。
ひたすら続くかと思われるような石段。
しかし登り切ると、そこには磨崖仏が待っていてくれた。
剥き出しの岩肌に、仏様が刻まれている。
冬だというのに、汗をダラダラかいて登った甲斐があった。

石段を下りて、第72番曼陀羅寺へと走る。
順に回ると、これほど楽なのか?
そう思わせるほど簡単に見つけることができた。
不老松が迎えてくれた。

そして、初めに目指していた第73番出釈迦寺へ。
曼陀羅寺からは、すぐに行き着くことができた。

ここからは、また逆に回る。
第70番本山寺は、すぐに見つけることができてホッとした。

第69番観音寺と第68番神恵院は、同じ場所にあった。
この時点で、午後5時半。
納経時間は6時までのはずだが、冬の日は短いのですでに納経所が閉まっている。
しばらく待たないと納経できない。
「6時までやったら、6時まで閉めるなよなぁ」と思う。
待ち時間が惜しい。

第67番大興寺で本日は終わった。
今日の予定では、池田にもどってユースに泊まることにしていた。
納経所で、池田までの地図を書いてもらった。

池田ユース(現在の阿波池田ユースとは別)に、電話を入れる。
飛び込み専門である。
なんと!
冬期はユースを閉めているとの返事・・・
そこを何とか、素泊まりだけで泊めてもらえることになった。
※これを書いている2005(平成15)年現在、池田ユースは閉館している。

途中の駅で、明日から入る愛媛の地図と土産を買う。
地図を書いてもらってはいたが、分からなくなり地元のバイクに先導してもらう。
感謝!

ユースに到着すると、「風呂も食事もない」と聞いていたのに風呂は沸かしてくれていた。
食事は、途中で買ったパンとソーセージ。
この日も、グッスリと眠ることができた。
翌日は、いよいよ愛媛県に入っていく。
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  1. 2005/05/30(月) 09:38:38|
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