四国遍路の道

1974年からの四国霊場遍路の記録(現在は1989年アップ中)

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残ってるぞ(パートⅡ三日目+α)CB500Four 1981/11

05:45起床

今日も寒い。
せっかく教えていただいた龍光院ではあるが、時間的に無理と判断。
いつか来ることもあるだろう。

快調に走り、第40番の観自在寺に到着。
これで愛媛県も終わった。

少し距離はあったが、第39番延光寺もすんなりと到着。
次は、足摺岬を目指す。

地図を見て、ショートカットのつもりで途中から県道に入る。
細い道ではあったが、静かな清流沿いを走ることになる。
水の色が、何ともいえず深い緑色である。
また走ってみたい道であった。
県道を抜けると、海沿いの国道になる。
山中と海沿いでは、明るさも違う。
足摺スカイラインを快調に飛ばす。
相変わらず寒い。

第38番金剛福寺着。
ホッと一息。

残るは、あと1ヵ寺のみである。
ここからは、また距離がある。
途中から、雨が降り出す。
11月も中旬を過ぎているので、濡れると寒さが応える。
国道沿いの喫茶店に、カッパを脱いで入り、イタリアンスパゲティーを食べる。
ちょっと元気が出てきた。

最後の札所、第37番岩本寺到着!
鐘楼の落慶法要が執り行われていた。
紅白の幔幕に、紅白の餅まき。
鏡餅をゲット!
まるで、自分の結願を祝ってもらっているような気がする。
これも、何かの不思議であろうという感想を持つ。

このまま帰宅することもできた。
しかし、あまりの寒さに高知駅前ユースに逃げ込む。
同じ歳(学年は下?)の歩き遍路がいた。
彼は岩手県から来て、将来は農業をやりたいと言っていた。
「高野山へは、一緒に行こう」
そんな約束をして、住所の交換をした。
東京から来ていた哲学科に通う女子大生もいた。

翌日は、ユースで意気投合したメンバーで、高知市内巡りをした。
はりまや橋は、期待はずれだった。
地球33番地というところにも行った。
記念撮影の後、ここで別れた。

四国を縦断する形で、徳島方面へ。
時間も気になったので、10番から1番までのお礼参りはピンポイント。
第5番地蔵寺と第1番霊山寺で、読経だけした。
その後、徳島港まで車が先導してくれた。
その日のうちにフェリーに乗り、神戸に帰る。

今回の走行距離
545.2km

翌年4月。
歩き遍路の小泉さんが自宅を訪ねて来てくれた。
翌日、まだ雪の残る高野山へ。
奥の院まで一緒にお参りする。
その後、再開を約束して山の上で別れる。

高校2年の終わりに「遊び遍路」からスタート。
6年越し、4回に分けての遍路は結願した。
しかし心の中では、ある思いが湧いてきていた。

「いつか、一気に回ってみたい!」
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  1. 2005/06/01(水) 00:40:18|
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